高速鉄道と沿線開発の一体的支援による国際貢献

2017年5月16日

副社長 平石 和昭

<Point>

○国土交通省はインフラシステム海外展開で行動計画を策定し、積極的に取り組む

○インフラシステム輸出では本体以外の強みも含めて差別化を図る

○高速鉄道と沿線開発の一体的支援は、相手国のニーズにも合致する有効な施策

 

インフラシステムの海外展開は、日本で実績を積んだインフラの整備・運営を支援することで相手国の産業基盤・生活基盤の形成に貢献するだけでなく、我が国インフラ関連産業のビジネス拡大にもつながる一石二鳥の施策である。政府も、インフラシステム海外展開を、我が国の成長戦略(日本再興戦略)の最重要施策のひとつとして位置づけ、相手国と「質の高いインフラパートナーシップ」を実現すべく、積極的に取り組んでいるところである。

 

国内で多くのインフラを所管している国土交通省も、この3月にインフラシステム海外展開にかかる「行動計画」を策定し、国土交通省としての取り組みの重要なポイントを明確にしている。効果的なトップセールスを含む戦略的な相手国への働きかけや海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)による支援など9つの要点を掲げているが、筆者はその中でも「人材育成や制度構築支援等のソフト面での取り組みの強化」と「単一のプロジェクトから複数のプロジェクトを一体的に行う取り組み」に注目している。

 

この「ソフト」×「複数プロジェクトの一体化」の取り組みの好事例となりうるのが、マレーシア~シンガポール間高速鉄道での高速鉄道と沿線開発の一体化である。この高速鉄道は、マレーシアの首都クアラルンプール(KL)とシンガポールの間350kmを約1時間30分で結ぶものであり、国土交通省の行動計画の中でも重点プロジェクトとして取り上げられている。複数の国が自国システムの採用を目指してしのぎを削っているが、事実上は技術的に優れ安全性の高い日本と建設コストが安く豊富な資金力を持つ中国の一騎打ちと見られている。日本の新幹線は、高速性のみならず、安全性・信頼性や維持管理も含めたトータル・ライフサイクルコストでも優れているが、初期コストが相対的に高いことが弱点とされ、中国との競争は予断を許さない。

 

そこで、高速鉄道整備というハードな単一プロジェクトに加えて、産業政策や地域づくりなど沿線開発にかかる計画策定支援や制度設計、人材育成などのソフト面での協力を一体的に進めることで、マレーシアの高速鉄道を核とした国土づくり・地域づくりに貢献しつつ、日本の新幹線の競争力を側面支援することを提案したい。本来、インフラは「造ること」だけではなく「使うこと」をしっかりと考えることが重要だ。高速鉄道も同様であり、「いかに整備するか(How to build)」とともに「いかに活用するか(How to utilize)」、言い換えれば高速鉄道を活用した沿線開発をいかに推進するか、がプロジェクト全体の成否を握っている。

 

1964年の東海道新幹線開業以来、半世紀にわたる歴史を有する日本では、新幹線を活用した沿線開発で、成功だけでなく失敗も含めて多くの実績や経験を積んできた。例えば1960年代、日本の経済回廊であった太平洋ベルト地帯では、新幹線や高速道路の基盤の上に当時のリーディング産業であった重化学工業を重点配置して、国際競争力を強化してきた。工業整備特別地域への集中投資などメリハリをつけた産業政策の考え方自体は、現在のマレーシア~シンガポールの経済回廊開発でも十分に活用可能である。

 

また、人を運ぶ高速鉄道は、インバウンドをはじめとする観光振興にも効果を発揮する。高速鉄道沿線の世界遺産都市マラッカなどの観光振興では、日本におけるインバウンド観光のゴールデンルート(成田/羽田国際空港~東京~京都~大阪・神戸~関西国際空港)などが大いに参考になる。クアラルンプール国際空港(クアラルンプール)~マラッカ~シンガポール~チャンギ国際空港という周遊ルートの中でマラッカを位置づけ、広域連携でインバウンド観光振興を考えてみることも有効だ。

 

もちろん、日本の産業政策や観光政策、地域づくりにかかる開発スキームなどをそのままマレーシアやシンガポールに適用することはできない。現地の事情を踏まえたカスタマイズ・ローカライズが必要である。日本での経験や実績を紹介しつつ、これらの考え方をもとにマレーシアやシンガポールならではの産業政策や地域づくりを進めることのできる制度設計や人材育成に協力することがポイントだ。

 

マレーシア側でも、単に高速鉄道の整備だけでなく、沿線開発に対する期待は大きい。高速鉄道の土木構造物及び駅の開発・建設・維持を行うマレーシア政府100%出資のマレーシア高速鉄道公社(MyHSR)は、高速鉄道整備に伴う経済振興計画と都市改造計画の策定も担当している。MyHSRだけでなく高速鉄道沿線の地域(州政府)も沿線開発への関心は高く、日本の新幹線沿線開発事例の紹介にも真剣に耳を傾けてくれた。

 

日本には、質の高いインフラである新幹線に加えて、新幹線を活用した沿線開発の経験や教訓を数多く有している。また、産業振興や地域づくりを行っていく上での制度設計や人材育成でも見るべきものが多い。こうした日本の経験や教訓を伝承することで相手国に貢献すると同時に、インフラシステム海外展開に弾みをつけることが重要だ。

以上

 

クアラルンプール~シンガポール間高速鉄道

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出所:http://www.myhsr.com.my/downloads/KL-Singapore_HSR_Project_Overview.pdf